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私の信念や価値観に合う方とお仕事できればと思います。




プロフィール

はじめまして。
株式会社ノーティスの杉浦です。

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幼少期~小学校

1974年岐阜県各務ヶ原市にて、町の小さな果物屋と喫茶店を営む両親のもとに生まれる。両親が共働きのため、祖母に育てられる。末っ子(姉、兄、姉)

祖父は四肢麻痺(首から下が動かない)で、自分で頭を掻くことも爪を切ることもできない。そのため小学校から帰ると、いつも祖父の横でこたつに座って過ごし、頭を掻いてあげたり、爪を切ってあげたりしていた。

「人はなぜ病気になるのだろう?」「昔歩けていたおじいちゃんは、どうして今歩けないのであろう?」といつも疑問に思っていた。 *後に仕事を決めるきっかけになる


四肢麻痺という病気にも関わらず不平不満を一切言わず、いつも、何があっても「ありがとう」と感謝ばかりしていた祖父は今でも一番の憧れの人。

決して裕福な家庭ではなく、洋服は兄貴のおさがりのボロボロ。それでも、いつも笑って冗談ばかり言う小学生。今から思うと、貧乏を馬鹿にされたり、洋服を買ってもらえない恥ずかしさに蓋をして、笑って誤魔化していたかもしれない。


小学校の時の自慢は、カラダに関することわざ(耳にタコができるなど)が書いてある本を一冊丸暗記したこと。
それが今でも、成功体験。

『コツコツと努力して成功体験を積めば、できないことはない。誰だって同じ』という信念がこの頃育まれる。


中学~高校時代

部活動でバスケットの練習に明け暮れる。朝5時頃中学校のバスケットグランドに行き、ひたすらシュートやドリブルの練習をする。
どのような角度で、どのようなスピードでシュートを打てばよいのか、ひたすら探究。

バスケット




この頃から、好きなことにはとことん没頭するが、興味のないことは全く手を出さないという性格が育つ。

高校時代は部活動をせず、カラオケや、漫画に影響をうけて中国拳法や空手の真似事をする生活。
勉強は英語以外ほとんどしたことがない。

2年生の時に、担任の先生に職員室に呼ばれ、

「学校始まって以来のどうしようもないやつだ」と言われる。
 *今では、その一言を言ってくれたN先生は恩師

高校時代は私立文系志望だったが、まったく勉強していなかったため、
受けた大学(中央大学、関西大学、法政大学、南山大学の法学部)はすべて不合格。

亡き祖父が四肢麻痺だったことを思い出し、浪人してから理系に変更。担任からは「絶対に無理だからやめておけ」と言われたが、医学部を目指すと宣言。
友人たちとの連絡をすべて断ち、1浪目は大阪の寮にて、2浪目は名古屋の寮に入り、浪人生活を送る


浪人時代

高校時代は私立文系志望だったため、物理も化学も数学も全くわからない。
牢獄並みと言われる大阪の予備校に通うため、奈良県の生駒あたりで寮生活を送る。

この時T君と出会い、パチンコを覚える。
医学部に行くといったものの、物理の教科書を開いてもさっぱり頭に入ってこず。
何をしてよいかわからない。

唯一、予備校入学前に英単語を1万語丸暗記したのが自慢。
短期間、集中して取り組むことで、どんどん記憶力があがっていく不思議な体験をする。

この頃より、『人には本当に無限の可能性があるのではないか』と思い始める。

しかし、1年目はすべての医学部不合格。

浪人2年目。
名古屋の河合塾へ。
家にいては絶対に勉強しないだろうと言われ、両親から、寮生活をしなさいと言われる。

物理も化学も数学も、偏差値40代だったが、化学の教え方が上手い先生に出会い、
勉強の面白さを知る。

教え方が上手な人に出会えば、できの悪い人でも成績がのびることを経験。
2年の浪人生活の末、私立の医学部に合格。


医学部時代

浪人時代に寮生活で厳しい生活を送っていたため、その反動で遊びまくる。

指導教員に呼び出され、「お前は本当はできるはずなのに、何をしているんだ」とお叱りを受ける。
気づいたら、試験で不合格ばかり。

留年したらやばいと思い(学費が数百万さらに必要!)、勉強を始めたかといえば、はじめていない。


浪人時代のように、がむしゃらに勉強するのはまっぴらだと思い、まずは成績優秀な同級生が、授業中や休み時間に何をして、何を考え、そしてどのようにノートをとっているのかを研究。

生理学(甲状腺の機能を活性化すれば、頭が良くなるのではないか?と仮説を立て、ワカメ代にお金を投資したのもこの頃)学習心理学、教育心理学、大脳生理学、認知心理学なども独学で勉強し、遊ぶ時間をたっぷり確保しながらも試験に合格できる、効率のよい勉強法を探究。

その甲斐あって、成績が伸びていく。

生まれ持った頭の良さではなく、やり方・ノウハウさえわかれば、人はいつでも成長できると実感する。

医師国家試験に合格。同級生や後輩たちに勉強法を指導するようになる。


医師時代

愛知医科大学付属病院で研修医、臨床医をする。
専門はリハビリテーション。リハビリテーション中に亡くなられた方がいて、(病院内で唯一、運動負荷をかける場所であり、実は一番リスクが高い部署ともいえる)それをきっかけに、昼間はリハビリテーション医、夜は救急の当直をし(1次~3次救急)、また麻酔科医としても江南市の某病院で週に1回、2件のオペの麻酔科医を担当する。
また月に1度、医師不足の僻地(高知県の山奥)で僻地診療を行う。


浪人~医学部生時代に多額の借金をしたため(学費)、当直のアルバイトに明け暮れる生活をし、心も体もフラフラの状態を続ける。

当直中に、実習に来た学生たちに過去に培った効率のよい勉強法を指導。
教え方を工夫し、効率のよい勉強法を教えれば人はのびることを知る。

学生たちに教えているうちに、勉強のノウハウ・教えるノウハウが蓄積され、メールマガジンを発行。
あっという間に人気のメルマガになり、当時は15000人の読者が集まり、全国の受験生から相談を受けるようになる。

彼らの相談にのっているうちに、さらに効率の良い学び方・勉強法、モチベーションを高める方法などのノウハウが蓄積され、指導していたところ、北京大学、京都大学、弁護士、社労士、行政書士、不動産鑑定士、医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師、アロマセラピー資格など、多数の合格者を輩出する。
社会人受験生指導のメルマガやノウハウで全国1位となる。


また、学習の世界的権威でありノーベル賞候補に何度もノミネートされたイギリス人、トニー・ブザン氏より直接指導を受け、東海地方で初の公認マインドマップインストラクターとなる。

カリスママーケッターの神田まさのり氏らとともに、マインドマップを全国の教育機関に広める活動を行う。

医師の仕事よりも、人を育てる仕事・教育に関わる仕事をしたいと強く思うようになり、独立起業。



独立起業後

資格試験受験生の勉強指導、マインドマップインストラクター、企業(おもに医療関係者を対象)にコミュニケーション研修などを行うようになる。


グローバル企業や豊田自動車(レクサス理念浸透プロジェクト)や、キリンビールなどで採用されている会議術のアクションラーニング(日本名は質問会議)を清宮氏より学ぶ。

ともに学んだ仲間は、グローバル企業の担当者、日本一の病院の人事担当者、愛知教育大学学長など。
彼らとともに学ぶことで、トップレベルの考え方などを知る。
(今でも、愛教大の学長は遊びに行くと、学長室で共に学んだ時のことを懐かしく話す仲)

様々なノウハウを学ぶも、結果が出る人と出ない人がいることを知る。

情報や知識を学び試験で結果を出す方法は体系化したが、ビジネスで結果を出すノウハウをどれだけ身につけても結果がでない。
情報知識、ノウハウを学び実践するだけでは、結果がでないと挫折・敗北感を味わったのもこの時期。


同じことを学び、同じやり方をしていても
成果が出る人と成果が出ない人がいる。
成果が出る会社と成果が出ない会社がある。

なぜなんだろう?

その疑問を解消するためさらに探究していた時に、モデリングの第一人者である師に出会い、その場で弟子入りをお願いし、2年半にわたり直接指導を受け、師とともにビジネスパーソンや経営者に特殊なモデリング(成功者を見つけて、成功者と同じ結果を出すテクノロジー)を指導するようになる。

日本中のトップ数%と言われる人2万名を研究した結果、生まれ持った才能に関係なく、【頭の使い方】を変えれば人も組織も成果を出せること。

そのトップ数%の【頭の使い方】を師より伝授され、モデリングの技術を指導するようになる。
また、企業内の【できる経営者、できる社員】の頭の使い方を、社員に伝承するお手伝いをするようになる。


企業のコンサルをするにあたり、経営の本質を学ぶ必要性を感じ、元船井総研のトップコンサルタントの柳生先生に師事し、業種・業態・規模に関係なく、経営者の悩みの大半を占める、売上・集客、人材育成をコンサルする、体系だったノウハウ・考え方を学ぶ。モデリング力を生かし、プレゼン大会で全国3位になる。

また、元医師という職業柄、まったく営業ができなかったができる営業マンをモデリングすることで、高額な商品でも6割以上の確率で「お願いします」と言われ、契約をいただけるようになる。


人材育成には、即効性のあるノウハウはなく、時間もお金もかかる。

しかし、我流の指導ではなく、体系化された(2万人を研究)テクノロジーで人を育てれば、そして上司や会社が、【企業は人なり】の考えのもと、人材育成に情熱・時間・お金をかける覚悟があるのであれば、人は短期間で見違えるほど成長し、企業や社会に価値を提供できる人材に育っていく。


そのような信念のもと、企業の人材育成コンサルティングを行っている。


・医師
・日本医師会認定産業医
・プロコーチ
・NPO法人日本アクションラーニング協会 
 認定ALコーチ
・企業研修講師